傷手当て (お侍 拍手お礼の九)

       *“お母さんと一緒”シリーズ。
 


  ……つっ☆

さわり、と。
何かが触れたと思った次の瞬間にはもう、
部分としては小さいながら、痛さはどんどん深まるという
何とも不可思議な痛みが足首へ強烈に襲い掛かって来ており。
何事が起きているのか判然としないまま、
それでもとりあえずはそこから居退こうとしかけて上げた足に、
何やら冷たい感触が擦り寄ってくる。
これはもしやと嫌な予感がしたと同時、

「………っ。」

どこからか殺気のようなものを感じたシチロージ。
畳み掛けるような展開に、
この忙しい時に何なんだという苛立ち半分、
それでもその方向を見極めて、鋭く尖らせた青い視線をやったのと、
丁度すれ違うようにして飛んで来たものがあって。

「あ…っ。」

疾風のような勢いで降って来たそれは、
やはり足元に少しばかり積もっていた枯れ葉の中へと飛び込んで止まる。
見下ろしたそこに突き立っていたのは、指揮棒ほどの枯れ枝が1本。
無論のこと、自然に落ちることでああまでの速さを帯びるはずはなく。
飛んで来たほうへと再び上げた視線が捕らえたは、
辺りの木々が織り成す秋錦に、
ともすれば馴染んだ彩りをまといし、金と赤の存在。

「キュウゾウ殿?」

少しほど傾斜のある山道の、自分より下手に立っていた彼が、
右手側、腰近くの鯉口へ、刀を仕舞う所作の末を見せていたので。
どういう手順のどんなやりようだったのか、その詳細までは判らぬものの、
その刀にて手近な梢から切り削いだ枝を、
すかさずという手際にて、小柄
(こづか)扱いでこちらへ飛ばして来たらしく。
そして、その切っ先は…枯れ葉の中、断末魔ののたうちにもがく、
ぬらりとした肌の ながむしの胴を見事に貫いていた。

『地方によりますが、へびと蛇
(じゃ)は別物なんですよ?』

そんな話を、最近のいつだったか ヘイさんとしたっけなぁと、
シチロージはふと思い出す。
ここいらはさほど気温の高い土地ではないので、
ハブやマムシといった毒性のある“くちなわ”は居ない筈。
蛇は元来臆病な生き物だから、
恐らくはこちらがうかうかしていて踏みつけかけたのへと驚いて、
それで咬みついて来たのだろうよと、
自己完結をしながら、さくさくとこちらへ歩み寄ってくる気配に顔を向ける。

「すみませんね、助けていただいて。」

こんな枯れ葉の中に居たもの、
きっとわさわさと音だってしてたでしょうに、気がつかなくって…と、
続けかけた言葉ごと、ひょいっと。
視線が加速をつけて下がったのは、相手が身を低く屈めたからで。
獲物を確かめているのかなと、見下ろしたのが間に合わぬ間合いにて、
次の瞬間、こちらの足元が掬い上げられている。

「な…。」

思えば油断していた。
というよりも、警戒なぞしてはいなかった。
野伏せりの襲来に備えている現状において、一番信頼をおいている仲間内だ。
その後で、カンベエ様と一戦交えるとかどうとかいう話も聞いているが、
今は置いといての保留となっているはずで。
なればこそ、
そんな相手から害されるなどと思いはしない…という順番になっていたのだが、
こちらの思い込みが甘かったということか?

「キュウゾウ殿?」

こちらの方が上背はあるし、体格だって上だのに。
両脚をまとめて杭のように抱えられたそのまま、
自分よりも ずんと細い肩の上へとかつぎ上げられて。
この痩躯のどこにそんな膂力があるやらと、
それもまたある種の驚きを誘っての、唐突な事態へ慌ててしまったものの。

“…あれ?”

背中に斜めに負った双刀の鞘が、すぐ間近になったのへと視線が留まり、
害すつもりなら、この太刀を抜刀すればいいのではなかろうかと、
そんな簡単な道理へやっとのことで気がついて。

“あれれぇ?”

そんな混乱が困惑に変わったのが、
手近な樹の、腰掛けやすい高さで股分かれした、
丈夫そうな枝の上へとすぐさま降ろされたから。
ここへ座っておれということならしく、
何とも不安定な居所であり、
自然な反射で、転げ落ちないようにと幹へ手を添えたこちらを見やると、

  …え?

まるで、自分が仕える御主様への礼のような粛々とした所作にて、
姿勢を低くし屈み込んだ彼が、少しばかり冷たい手で触れたのがこちらの足首。
失礼ながら、先程のながむしが触れた感触を思い出させる冷ややかさだったが、

  えっ? ///////////

その次に、足首の上へと降りて来たのが、

  ――― やわらかで、温かい唇だったから。

これへはさすがに、ぎょっとしたものの、
下手に身動きすれば相手の顔を蹴りつけはしないかと、
それを思えば、抵抗も妨害も出来ぬまま、大人しくしているより他はなく。

「…っ。」

何度目かにちりちりっと痛んだのは、
咬まれた近くの血を吸い出しているからだろう。
先程そこへと喰らいついたは、
地味な単色の、すらりと細長いながむしで。
毒のあるそれとは見えなんだが、
後になってそれとなく、リキチ殿へと聞いてみたらば、

『小せぇヤマカガシん中んでも、毒を持つもんがおりますで。』

咬まれたんで? ならば早やぐ手当てなさらんと、
体中の節々が腫れたり、熱にうなされたりしますだと 案じられ、
いやそうではないと慌ててかぶりを振ることとなるのは後日の話で。

“…そうでしたか。”

手際のいい手当てに安心し、自分の懐ろから晒布を取り出すと、
それを察したらしい相手が顔を上げ、ほれと手を出したのへ素直に渡す。

「すみませんね、何から何まで。」

こうまで手厚いのは もしやして、
いつもついつい彼へと構いつけていることへのお返しだろうか。
糸切り歯で端から裂いた晒布を、傷の上へとくるくる巻きつけ、
残った分をお膝へと返した赤衣のお仲間。
されど、

「キュウゾウ殿?」

なかなか立ち上がらない。
どうしたのかと枝の上から降りようとしかかると、
そんなシチロージの膝の上へ、

  ――― ぽそり・と。

金の髪がやわらかく覆う、頭を乗っけて来た彼であり。
こうまで積極的な態度は初めてですねぇ。
甘えて下さっているのかな?
そんな解釈が苦もなく出るほどに、
母親モードが染み付いていたシチロージもシチロージだが、

「俺の生国では滅多にいなかったから。」
「へびが、ですか?」

こくりと頷き、

「地の戦さ場で、部隊の者が多数咬まれて往生した。」
「あらら。」

南軍にいたにしては、色白で淡い色の髪や眸をしている彼は、
ここよりずっと北方の出身者なのかも。
だとすれば、恐らくは手当ての仕方も判らず、
周囲の者らが次々に倒れて、さぞかし途方に暮れてしまったことだろう。
日頃冷然としていて情が薄く見える彼でも、
具合が悪くなれば往生するような仲のお仲間もいたということであり、

“だから。それならばと心閉ざしてしまわれたのかも?”

最初から案ずる対象など持たなければいいと、
そんな寂しいことを、まだずんと若いうちに選んでしまった彼なのだろうか。
刀にだけ構けていればいいのだと、
敢えて様々なものを切り捨てて来たと。

「今はもう、そんな心配は要りませんね。」

手を伸ばし、そぉっと髪をまさぐって、
その下の頭をよしよしと撫でて差し上げれば、

「………。」

返事はなかったが、白い手が片方、お膝へと新たに乗っかって来たので。
それをきゅっと握って差し上げて。
思い出してしまった悪夢を、
忘れろとは言わないが、せめて早く仕舞ってしまいなさいねと。
やはり“お母様目線”で慰めてしまうシチロージ殿であり。
木々の狭間からこぼれ落ちる秋の陽射しが、そんな彼らを照らし出し、
いづれも麗しい、正に春蘭秋菊のお二方。
まるで一幅の絵のようだったと、
通りすがりの娘さんたちを遠巻きにさせ、
そのまま のぼせ上がらせたそうでございます。



  「油断も隙もない。////////
  「娯楽が少ない土地柄だからだろうて。」
  「ご、娯楽って…カンベエ様まで。」
  「…?」
  「片やは判ってないようだの。」
  「いいんですっ、こんなことわざわざ理解しなくても。」




   〜Fine〜  07.1.10.


  *おかしい。
   森は森でも別なネタを切ってたハズなのに。
   なんでこんな話になっちゃったんだろか…?
(笑)


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